スポンサーリンク

合唱の声、ドイツの声、イタリアの声、ラテン語の声

 声楽のレッスンに行ってきました。

 まずは発声練習。とにかく「美しい声」と「正しい音程」をキープし続けること。(言葉の)発音よりも(美しい)発声を優先すること。特に高音になったら、言葉が曖昧になっても良いから、すべての音を「ア」で歌う気持ちで臨むべし。いや、気持ちだけでなく、実際に「ア」で歌っても良しです。

 実際、たいていのオペラ歌手は高音を歌う時は、言葉をある程度犠牲にしても、口を縦開きにして「ア」で歌うものです。声楽、とりわけイタリアオペラ系では、まずは発声(美声)、次は音程。この二つを死守しないといけません。この二つを死守するために、他の要素は、場合によっては、捨てる覚悟も必要ってわけだし、実際に捨てちゃう事もしばしばなんだそうです。

 でも、これはクラシカルな歌全般に通じる発想でもテクニックでもないので、要注意とも言われました。

 例えば、合唱。合唱もクラシック系の歌ですが、発声に関する優先順位は独唱とは違い、合唱の場合、まず大切にするものが(言葉の)発音であり、次が音程。この二つを死守しないといけないのです。とにかく、言葉を明瞭に発声する事。正しい音程できれいにハモること。これが合唱の要であり、そのためには、声の美しさや響きを犠牲にする事も厭わないわけです。

 無論、合唱でも美しい声で歌う方が良いのだけれど、声の美しさを求めて、言葉が不明瞭になっては本末転倒ってわけです。そういう観点で考えると、合唱ではもちろん“歌う”のだけれど、歌いながら“語る”という意識か大切なのかもしれない。

 少なくとも、声楽でいう意味での“歌”は、合唱では重んじられないわけです。

 「すとんさんが合唱に行ってもいい顔されないのは、すぐに“歌う”から。“声”を出したがるから。“歌う前に、声を出す前に、やる事があるだろ?”って思われるんだよ」…図星をつかれました(汗笑)。

 歌唱の中で“語る”と言う側面に留意し続けるという点では、声楽の世界では、ドイツリートがまさにそう。リートはきちんと“言葉”を、そして“世界”を伝えないといけませんからね。だからでしょうか、ドイツリートはあまり高音がなく(高音になると言葉を捨てざるを得ないわけで、高音と言葉の両立を目指す曲は“難曲”という事になるのでしょうね)、むしろ言葉重視で歌っていくわけです。その点は、同じ声楽と言っても、オペラ中心のイタリア系の声楽とは、ちょっとばかり違うのかもしれません。

 と言うわけで、最初に戻りますが、イタリア系の歌は、言葉よりも声中心に行くわけです。しかし、イタリア系の声と言っても、世俗の歌と教会の歌の二種類の音楽があるわけです。この二つ、根っこは同じだけれど、歌う場所(劇場と教会)が違うので、似ている部分もあるけれど、おのずと違ってくる部分もあります。

 まず、使用する言語が違います。世俗音楽はイタリア語で歌いますが、教会音楽はラテン語で歌うわけです。そして、ラテン語の曲は教会のミサでで歌われる事が多いのです。

 ヨーロッパの教会…石造りで天井がいやに高くて、響きすぎるほど響き渡る場所です。そんなところで、響きのよく乗った声で歌うと…うわんうわんになってしまいます。そのせいでしょうか、教会音楽を歌う歌手の声は、割と細めで倍音も少なめで直進性の強い声のような気がします。おそらく、人のカラダから出る声はそんなもので良いのでしょう。響きなどは教会という場が付けてくれます。人の声に教会という建物が色付けをしてくれて、それが至福の音色になるわけです。

 一方、世俗の音楽は、劇場にせよ、レストランやバーにせよ、どこもそんなに響きが良いわけではありません。歌手みずからが、自分の声にたっぷりと倍音を乗せて、響きを豊かに歌わないと、美しい声にはなりません。だから、イタリア語の歌は…美声をひけらかす? って方向になりやすいのでしょう。ま、あれもこれも、とにかく、声を十分に響かせて歌うわけからなのですが…。

 …やっぱり、私はイタリア語の世俗曲しか、歌えないな(爆)。声をひけらかしたいもん(笑)。

 さて、話はレッスンに戻します。コンコーネは16番。ポジションキープが肝でした。どうも私は“ポジションキープ”と言うのが苦手で、高い音程の時は細めの声で、低い音程の時は太めの声で歌ってしまいがちです。つまり、音程で音色が激変するって奴ですが、それは少なくともクラシック的な歌い方ではありません。

 私はテノールなんだから、あんまり太い声はいらないわけで、いつでもどんな音程でも、軽めの細めの声で歌わないといけないわけです。それを、細めの声で歌ったり、太めの声で歌ったりするから、あまりよくないのです。

 特に太めの重い声で歌うと、音程が下り気味になります。これはこの重い声が、本来の私の声ではないから、そのために音程コントロールが甘くなるのだと思います。

 高音対策のためにも、そしてバッチリと正しい音程で歌っていくためにも、声は軽く軽く発声していかないといけません。それをメロディが低いからと言って、重めの太い声で歌うから、メロディが下がるにつれポジションも下がっていって、色々とダメになるわけだ。

 とにかく、下降メロディは危険です、ある意味、罠のようなものです。先生からは、三度以上音程が下がる時は、ポジションに気をつける事。とにかく、軽い声でポジションをキープする事ばかりを考えていれば良し…と言われました。うむ、ここがポイントですね。

 ちなみに16番は、たいていの人にとっては簡単な曲なんだそうですが、私のようにポジションキープができない人には、とても難しい曲となるそうです。はい、とても難しいですよ(涙)。

 今回のレッスンの最後は、二重唱の合わせでした。注意された事は『歌に余裕を持とう』と言う事。具体的に言えば、間(ま)を大切にしましょうって事ネ。急がず、慌てずに歌うこと。この二重唱のシーンは、別に言い争いをしているわけではないのだから。しっかりと間合いを取らないとね。休符はたっぷりと休んで、合いの手で入るピアノの響きをきちんと聞いて歌う事が大切です。

 二重唱でも、声が重いと注意されました。もっと軽く歌う事です。特に、時代様式を考えた場合、ドニゼッティのオペラには、そんな重い声はいらないって事です。それに、声が重いから、音程が上に上がりきらなくて、ブラ下り気味になってしまうわけです。はい、その点については、自覚あります。

 コンコーネもそうだけれと、声が重くなってしまうと、ポジションが下り気味になります。ああ、それを避けるためにも、意識的に声を軽く軽くしていく事が大切なんだよなあ~。

 軽い声で歌えないと、先々で必ず壁にぶち当たるので、今から軽く歌えるようにしなければ!

 この声の軽さ/重さですが、頭声とか胸声とか言う言葉で考えるなら、私の場合、まだまだ胸声が多いって事だね。もっと頭声を鍛えないと。

 いよいよピアノ合わせは来月となりました。二重唱に関しては、もうレッスンがありません(残りのレッスンではアリアを徹底的にみてもらうつもり)ので、今日の注意をしっかり胸に刻んで、ピアノ合わせに臨まないと。

 ピアノ合わせで大切な事は色々ありますが、まずは、ピアニストさんにしっかりと伝えるべき事が伝えられるように、自分の中で整理してまとめておく事です。どんなテンポで歌いたいのか、どこでどの程度のルバートをかけるか。助けてほしいところはどこか、そして何より、どんな風に歌いたいのか、きちんと自分でピアニストさんに伝えないとね。

 いよいよ発表会に向けてのカウントダウンが始まったような気がします。

コメント

  1. 銀座の美容院からメッセージ より:

    いつもブログを楽しみに拝見しています!頑張ってください☆今後も応援してます(^O^)/

  2. おぷー より:

    こちらの音楽学校で、音楽史を習った時に、教会音楽と世俗の音楽が
    混ざり始めたのが9c頃で、その頃から教会声楽が教会から出て行って、
    世俗式の歌い方が始まり、音の大きな楽器が作られるようになっていった、
    と習いました。
    ソプラノは、変声期前の男の子が歌い、女人禁制の教会だったワケですからね。
    アルトは、成人男性の高い声だったのですもんね。
    時代は変わりました。

    ルネサンス・バロック音楽専門の歌手は、教会や音響の良い所で
    歌う所為か、みんな細いですよ。太った人はあまりいません。
    ロマン派のオペラ歌手たちは、体で音を共鳴させなきゃいけないから、
    でかい・太いが有利なんですよね。
    ですから、その体型が多いわけです。

    私の体型、日本では「太っている」と言われますが、こちらでは
    普通の体型です。やっぱり体が資本だよ~ん。

  3. すとん より:

    >銀座の美容院からのメッセージさん

     ありがとうございます。今後とも応援よろしくお願いします。

  4. すとん より:

    >おぷーさん

     我彼の体型差は、太っている/太っていないではなく、単純に胴体の前後の幅の問題のような気がします。典型的な日本人体型と言うのは、横に長く前後に薄い体型でしょ。だから狭いところを通る時は、正面ではなく横向きになって通ることができるわけです。

     そこへ行くと、そちらの方々の体型は、左右も前後も同じくらいの厚みで、胴体を輪切りにすると、実に丸くて厚いわけです。

     薄い胴体と、厚い胴体。特に胸板の厚さの差は、絶対に歌に影響があると思います。そういう事を考え出すと、やはりオペラはそちらの人の文化なんだなあ…って思います。

     あと、体重は…単純に自重が重いほど、強い音波が出せますからね。これはオーディオの基本です。大きな声を必要とするならば、やはり体重がある方が有利になります。

     と言うわけで、ロマン派のオペラ歌手はみな、体型が太めで、体重は重めなんでしょうね。そういう意味で、歌の場合、持って生まれた体型(才能と言い換えてもいいでしょう)で、ある程度決まっちゃうわけです。そういう意味では、日本人は、ちょっとばかり不利なんでしょうね。

     日本じゃ“恰幅が良い”程度の方が、歌向きな体型なんだと思いますよ。少なくとも、スリムなモデル体型では、胸板の厚さや自重が足りないんじゃないかな?

  5. おぷー より:

    あ、そうそう、顔が大きくて、口を開けた時に、口蓋が上に長い人(鼻の方に向かって
    高め)の人が有利らしいですよ。

    私も「恰幅が良い」人です。[E:catface]

  6. すとん より:

    >おぷーさん

    >顔が大きくて、口を開けた時に、口蓋が上に長い人(鼻の方に向かって高め)の人が有利らしいですよ。

     あと、それに“鼻が高い”人ね。つまり、頭蓋内部の空洞が広い人って事なんだろうと思います。

     ま、例外なく言えることは、歌う人(で、ある程度歌える人)は“口が大きい”人が多いって事です。たぶん、そうでないと、音色・音量ともに、不利なんだろうと思います。で、日本人の標準体型では、必ずしも歌に適しているわけじゃないのも事実。だから「一人で歌うのがキビシイなら、皆で歌おう」って事で、独唱よりも合唱の方が人気があるのかな?とも思います。 とは言え、昨今の日本では、正直、合唱人気って衰退の一歩なんですよ。歌、って言うと、もう“歌=カラオケ”って時代なのかもしれません。

     やっぱり、マイクの発明って、音楽的にはすごい事なんだろうなあ…。

  7. おぷー より:

    あ、受け口の人も有利らしいんです。
    みんなで歌うと楽しいから、合唱は日本人向きのハズなんですが、
    最近は、違うらしいですね。
    って、事で、こんな合唱の仕方もありますが、合唱のパートを1人で歌うの、
    ちょっと淋しいな。
    http://www.ted.com/talks/eric_whitacre_a_virtual_choir_2_000_voices_strong.html?awesm=on.ted.com_94Gl

  8. すとん より:

    >おぷーさん

     うわ、これはナシだな。私的にはバツです。少なくとも、これには参加したくないです。もっとも、あちらから断られるだろうけれど(笑)。

    >合唱のパートを1人で歌うの、ちょっと淋しいな。

     …とあったので、最近、古楽などで流行りの、四部合唱を四人で歌う、重唱っぽい合唱の事かと思ってましたが、いやいやいや、ネットで声を集めて、会場でミックス&エフェクトして演奏? 会場には出来上がりが聞こえて、それはそれで良いでしょうが、演奏者一人一人は、この出来上がりを知らない、少なくともリアルタイムで知るはずがないでしょ。これは歌っていて、楽しくないだろうなあ…。

     もっとも、人嫌いとか、引きこもりとか、僻地在住だったり、周りに合唱仲間がいない人でも合唱できるという利点もあるけれど、“同じ時に同じ場で息を合わせて音楽を作る”という喜びは皆無なので、私的にはナシだよ、やっぱり。

    >受け口の人も有利らしいんです

     へえ~、そうなんだ。受け口な分、口腔内の容積が広いのかしら?

    >みんなで歌うと楽しいから、合唱は日本人向きのハズなんですが、最近は、違うらしいですね。

     目を覆わんばかりに、我が国では合唱文化が衰退しています。合唱に熱心なのは団塊の世代までで、その下の世代から、急速に合唱人口が減っていると思います。

     思うに、日本では、合唱はカラオケに負けたんだと思います。団塊の次の世代(“新人類世代”って言うのか、もうオジサンオバサンであって新人類と名乗るのもおこがましいですが…)は、カラオケの発展とともに成長してきた世代ですし、ここより若い世代に取って「歌う」とは「カラオケで歌う」って意味とほぼ同義ですからネ。

タイトルとURLをコピーしました