ボディ・ポジティブ? 一体なんのこと? …ですよね。さっそくAIに聞いてみました。
ボディ・ポジティブ(Body Positive)は、体型、サイズ、肌の色、年齢、障害の有無に関わらず、すべての人が自分の身体をありのままに愛し、受け入れようという運動・価値観です。“痩せている=美しい”といった社会が押し付ける偏った美の基準に疑問を投げかけ、多様な美しさを肯定する。
一見、素晴らしい考え方のように思われます。私も文字だけ読んだ時は「うんうん、そうそう」と思いましたが、ある時、ボディボジティブに関するページを見ていた時に、アイコン的に貼られていた、太った黒人女性の姿を見て(申し訳ないけれど)「これは受け入れられない、これは醜い」と拒否ってしまいました。
別にその人が女性であったり、黒人であったり…という点は問題なく受け入れられたのですが、その太った容姿…はっきり言っちゃえばデブな体型(それも半端ないアメリカンなデブです)を見て、とてもこれを美しいとは思えないし、これを人間の体型であるとは受け入れる事はできない…と思ってしまいました。
理屈じゃなくて、生理的に無理だなって思いました。だって不健康だもん。不健康で変形したカラダを素晴らしいカラダである…とは言えないでしょ? 不健康なカラダを素晴らしいものとして受け入れるのは、そりゃあ無理があるよね。
理屈では素晴らしいと思えても、それを現実の場に持ってきた時に、受け入れられない…ってのは、ありうることだなあと思います。
ボディ・ボジティブに限らず、いわゆるリベラルな人たちの言うことには「理屈では素晴らしいと思えても、それを現実の場に持ってきた時に受け入れられない」ってのが、たくさんあります。
例えば「原発再稼働反対」とか「最低賃金引上げ」とか「憲法改正反対」とか、ね。浅くしか考えていない時は、それぞれの考えは、素晴らしい主張のように思えるけれど、よくよく考えてみると、あれこれ問題があったり、むしろ害になっている状況であるとかが、よくあるわけだけれど、この“ボディ・ポジティブ”も、それと同種な、リベラル的な、左翼的て浅薄な思想だなって思いました。
「原発再稼働反対」とか言っても、じゃあ原油や天然ガスが入らない現状、電気はどうするの?って思うし、「最低賃金引上げ」とか言っても、カスカスの中小企業とかは人件費が経営を圧迫してつぶれたら、労働者だって困るだろうと思うし、「憲法改正反対」とか言って「戦争反対!」って言ってると気持ちいいけれど、憲法が改正されなくて、移民関係の法規制が遅れたから、現状、国内がグチャグチャになっているわけだし…。他にも憲法が時代遅れだから、時代の変化に追いつけずに、法的にあっちこっちに抜け穴が生じているのが日本の大問題なんだと思うよ。
閑話休題。どんなカラダであっても、それを愛して受け入れる…それは劣等感を取り除くという意味では良いけれど、でもそれだけ。マイナスに感じていたモノをせいぜいゼロにしましょうってだけの話。
この考え方には「努力を回避して今の状況を良いものと思い込む」とか「責任の所在を不明にして自己正当化をする」とか「自分に同調しない、意見の異なるモノを排除する」とか、左翼活動に共通して感じるモノがここにあります。つまり「他人の意見は聞かない」とか「都合の悪い事は無視をして生きる」だね。
確かに、黒人であるとか、女性であるとかは、愛して受け入れるべきだし、それも素晴らしいことだと、高らかに宣言してもいいでしょう。
しかし、デブはダメです。デブは不健康です。デブは改善すべき事です。デブは受け入れてはいけません。ダメなものはダメなんです。
今日はデブでも、明日は痩せる。明日がダメでもあきらめずに前に進んでいく。そういう気概が大切であって、責任はしっかり自分自身で引き受けていくしかないじゃない。そういう気持ちを失って「太っていても、私は健康で美しい」なんて思っちゃダメなんです。それは怠け者の言い訳でしかありません。
…と、デブなジジイである私ですら、そう思うわけです。
ダイエットは難しいと感じる人はいます(私もそう)。だけど、諦めたり、止めちゃダメだよ。少なくとも、今の不健康で醜い自分を受け入れて、そこから人生を始めないとダメだと思います。
だから“ボディ・ポジティブ”…消極的に賛成しますが、あくまでも消極的にしか賛成できないよ。自分を受け入れる事は大切だけれど、やっぱり、デブはダメだよ。不健康だよ。
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