私は割とコンサートに行くタイプの人だと思います。
コンサートって、結構ミズモノで、すごく感激感動するものもあれば、「はあ?」って感じの時もあります。別にこれは奏者の有名無名は関係なく、無名な奏者でも感動してコンサートを満喫して帰る時もあれば、高いお金を出して行った有名奏者で「はあ?」って時もあります。
感動であれ「はあ?」であれ、奏者はプロですから、そこはアマチュアと違って、いわゆる“ミス”というものは、ほとんどありません。みな、楽譜的に正しく、よく訓練されていてテクニック的にも全く不足のない演奏を聞かせてくれるのですが、それでも感動と「はあ?」があるわけです。
この差って、どこから来るんでしょうね?
ツラツラと考えてみたところ、とっても失礼なんだけれど、そういう「はあ?」な演奏って、ピアノ発表会に出演するお子さんたちの演奏に似た後味がある事に気づきました(ごめんなさい)。いや、お子さんたちと言っても、すべてのお子さんではなく、割と類型的に大勢いるお子さんたちのタイプね。どういうタイプなのかと言うと『ミスなく最初から最後まで、上手に弾けたお子さん』の演奏のような後味なんです。
もちろん、ピアノ発表会では、いたいけな幼い子が、一生懸命お稽古して、その成果をミスなく演奏する…もう、これって最高でしょう。ああ、お上手お上手(パチパチパチ…)って感じでグッなんだけれど、私がコンサートに行って「はあ?」って思っちゃう演奏って、これと後味が一緒なんですよ。つまり「うわあ、すっごい上手。超絶技巧もバンバンこなして、いやあ、指が回るねえ~、テクニシャンだねえ~、すごいねえ~……で? はあ?」なんですね。
プロなんだから、上手なのは当たり前。そこは子どものピアノ発表会とは違います。子どもは上手に演奏すれば褒められますが、プロは(大変な事ですが)上手に演奏できて当たり前で、いわばそこが最低ライン。お金をいただいて演奏しているわけですから、上手なだけの演奏で終わるのではなく、そこからどれだけ観客を感動の渦に巻き込んでいけるのか…が勝負なんだけれど、上手なだけで終わっちゃうと「はあ?」って感じになるんですね。「はあ? で、そこから先は?」って感じね
厳しい事を書くと、その奏者がどれだけ客の事を考えて演奏しているか…って事と表裏一体な話なのかもしれない。だって、どんなプロだって、プロである以上、演奏技術はあるわけだし“伝えるべきもの”だって持っているでしょ。問題はその“伝えるべきもの”を、どれだけ分かりやすく観客に提示できるか(あるいは、提示する気持ちがあるか)…そこがプロの腕の見せ所ってものじゃないかな?
「私の演奏は、一見の素人さんじゃあ、とても理解できないね」なんてお高く止まっている人は、選ばれた評論家の方々だけを集めて、小さなサロンででも演奏していればいいと思います。少なくとも、生業として音楽を演奏し、多くの人に自分の演奏を聞いてもらおうと思っているなら、そういうサービス精神は必要だし、そうでなくっちゃ、大勢収容できるホール等で演奏しちゃダメでしょう。だってホール演奏ともなれば、一見のお客だってたくさん来るわけだからね。そういう人を最初から切り捨てた演奏なんて「お前、何様だと思っているんだい?」って言いたくなります。
観客の事を考えろ…と言っても、別に『客に媚びれ』というわけじゃないです。真摯に自分の芸に向き合って、それを真心込めて行えば、芸って伝わるものでしょ。私はそう思います。
ここまで書いて、思いついたのは、美空ひばりの素晴らしさです。ひばりなんて、もうずっと昔の歌手ですね。私が子どもの頃に現役でブイブイ言わせていた歌手です。しかし、今でも時折VTRなどがテレビで流されますが、それを見ると私は、たいてい胸が熱くなります。何か色々なものが彼女から伝わってきます。
美空ひばりは、歌のジャンル的には演歌であって、私は演歌ってキライ(笑)なんですが、そのキライな演歌を通しても、彼女の伝えたいもの(せつない気持ちであるとか、悩ましい恋心であるとか)がきちんと伝わってきます。
別にクラシックの演奏家に“演歌歌手になれ”とは言いませんが、演歌歌手ですらやっている事を、幼少時より修行して、きちんと高等教育も受けて、海外でも研鑚を積んできたりご活躍されているような方が、それが全然できていないって、ちょっと音楽ナメてませんか? 目の前にいる今日の客を馬鹿にしていませんか? って言いたくなるんです。
ひばりは常にステージでは全身全霊を尽くしてお客に向き合っていたそうです。芸人ですから当然のことですが、クラシック演奏家の皆々様には、そういうお気持ちに欠ける方が時折見られるのが残念です。先生、先生、と呼ばれているうちにテング様になっちゃったとか? それともまさか、自分のことで精一杯で、お客のことなんかかまってられないとか?
まあ、どれほど高名な演奏家であっても、お高くとまって、客を見下したような演奏家のリサイタルなんて「はあ?」ってもんだね、ってことが言いたいわけです。
画竜点睛を欠く演奏…ってわけですが、その“睛点”こそが、芸の命なんじゃないのかな?
あ、別に今回の記事は、特定の演奏家さんを念頭に置いて書いたわけじゃないですよ。あくまで一般論です、念のため。
コメント
同感です。クラシック演奏家というだけでお高く止まっているプロさん、よく見かけます。あくまでも自分で選んで行くわけですけど、やっぱりどの分野でもプロとしての仕事って中身が大事ですし、そう教わってきた私にしてみれば技術見せられても嬉しくないです。まぁ中にはそのすごい技術を見せ付けられただけで感動する人もいますから一概には言えませんけど、少なくとも私はすとんさんと同じ考えです。
そこを考えると、学校の音楽の先生ってすごいなぁと思います。私が出会った先生がたまたまだったというのもあるかもしれませんが、常に「君達はその演奏で何を伝えたいのか」と問い掛けていましたし、それを軸にした指導をされていました。極端ではあるような気がしますけど、そういう方を見習って欲しいものです
>水香瑶妃さん
>プロとしての仕事って中身が大事ですし
そうね、ホームランは打たなくてもいいから、毎回ヒットで出塁はして欲しいと思います。三振ばかりじゃ、困るんだよね。
演奏技術のすごさって、実は客には通じないんだよね。それは客がクラオタでも同じ事。奏者がどれだけの超絶技巧を使っても、客って「ふーん」程度の反応なんだよ。と言うのも、その演奏技術がいかほどのものなのか、分からないんだよ。だから「オレ、こんなに上手いンだぜ、すごいだろ」ってやられて、客は「はあ?」なんだよね。たぶん、すごい技術をみせつけて「おお!」と思うのは、同じ演奏家だけだね。
そういう意味で、客の事を考えれば、技術をみせつけるのではなく、感動って奴を与えてほしいわけです。結局、お客って、音楽に喜怒哀楽を求めているわけだからね。そういう事も分かった上で、超絶技巧をバンバン使うのが、本当のプロなんだと思います。
>学校の音楽の先生ってすごいなぁと思います。
いやあ、それは人それぞれだよ。彼らは公務員だから、働かなくてもOKな部分があるから、良い先生はすごく良いけれど、ダメな人は徹底的にダメなんだよ。特に音楽とか美術とかの芸術系のセンセは、個性的な人が多すぎると思う。
私が高校の時の音楽のセンセは、授業はいつも音楽鑑賞で、レコード(知ってる?)に針を落としたら、生徒は放置で音楽準備室でいつも遊んでたよ。進学校だったから、生徒たちは勝手に自習してたし(笑)。これでセンセが勤まるんだから、センセって楽な商売だなって思ったもんです。
それ以外にもたくさん、ダメな音楽のセンセや吹奏楽部のコモンの話は知っているけれど、全員が全員そうとは限らないので、書かないでおきます(武士の情けって奴だ)。
なかなか耳の痛い話しでございます(涙)
高みに昇ろうとするのと、自分を高所においてしまうのと、似て非なるものではあるんですが、時折ずれちゃう方もいらっしゃるのが現実ですね。
キング自身、日頃から「技術は感情を表現するための道具」だと思っていますが、道具自慢してないかと言われるとなんともいえません。
日々心も体も向かい合わないとです。
がんばろう・・・
>キング先生
先日も直接感想を言いましたが「詩人の恋」は感動しました、よかったです。だから、今日の記事は先生の事ではありませんよ。
でも、確かにおっしゃるとおり“道具自慢”というダークサイドに落ちてしまう演奏家がいる事は事実です。お気をつけください…って、キング先生の場合は大丈夫ですよ、だって先生がダークサイドに落ちかけたら、私が直接「この前の、つまんなかったです」って言いますから、安心してください(爆)。
初めまして。詩人の恋、3/11以来初めてクラシックの曲をまともに聴きました。ヴンダーリッヒに似たような声質でいいですね。南関東在住ですが、あの日以来今までの価値観の底がぬけたようです。音楽はやっぱりいいですね。ただ、音楽だけにすべてを賭けることのできない凡人にとっては迷いが多いです。フルートは趣味でアマオケで吹いていますがやはり練習は場所が確保できません。とりとめつきませんが、失礼します。
>tetsuさん、いらっしゃいませ。
詩人の恋…いいでしょう。私は生で聞きましたが、ほんと、鳥肌モノでした。
>ヴンダーリッヒに似たような声質でいいですね。
きっと、これを読んだら、キング先生、大喜びでしょうね。キング先生はヴンダーリッヒが大好きなんですよ。先生にとっての最大のほめ言葉ですよ、これ。
>あの日以来今までの価値観の底がぬけたようです。
私自身にもそういう部分があります。何か色々と考える基準とか拠り所とかが変わりましたし、人の見方もだいぶ変わって様な気がします。人との距離の取り方も変わったかもしれませんし、“生きる事”“生活する事”の心構えが変わったような気がします。
>フルートは趣味でアマオケで吹いていますがやはり練習は場所が確保できません。
アマオケ、市民吹奏楽団、アマチュア合唱団…、どこも練習場所で困っているみたいです。夜間の公共施設の貸し出しが中止され、民間施設は費用的にキビシイ上に、競争率が高いし、せっかく予約ができても停電になれば練習中止にせざるをえないわけだし…、小さな事かもしれませんが、関東周辺部のアマチュア音楽団体は、皆、存亡の危機に面していると言えると思います。