スポンサーリンク

楽器って、勝手に鳴り響くようにできている

 フルートのレッスンに行ってきました。

 仕事は忙しいけれど、頑張ってレッスンに行ったよ、ちょびっとばかり遅刻したけれど。どんまい。

 先生はゆっくりとコーヒーを召し上がっていたので、その間に、サッサとフルートを組み立てて、じっくりと管を温めて、さくっとチューニングをして…やがて先生がやってきたので、ロングトーン練習をしました。うむ、じっくりと管を温めておくと、どの音も気持ちよくなってくれます。うれしいうれしい。

 まずはエルステ・ユーブンゲンの7番から。自宅練習はそれなりにしたので、暗譜の方もだいぶ進みました。6~7割程度かな(笑)。なので、レッスン本番では、二度しか落ちませんでした…って、二度も落ちれば十分ですね。先生からは「もう少しだね」とのお言葉をいただきました。8番もサクッとやりました。

 プチ・エチュードは9番です。落ち着いて吹けば、おおかたイケるのですが、それでもうまく指が回らない箇所がいくつかあります。そんな箇所は練習するしかないのです、頑張りましょう。

 問題は、練習の時は問題なく出来ていた箇所が、レッスンでミスブローしてしまう事。原因は…気負ってしまって、ついつい練習の時のテンポよりも速めのテンポ設定で吹き始めてしまう事かな? 演奏って、速ければいいってもんじゃないんだよね。もちろん、可能な範囲で速めに吹くのは良いけれど、自分の能力を越えた速さだと、あっちこっち間違えてしまうわけです。

 私も、ついつい指がすべて転んでしまいます。もっと、一つ一つの音を意識的に出さないとダメだな。無造作に演奏するから、指が滑るんだよ。反省です。練習でもレッスンでも、自分の分を守って、演奏可能なテンポで演奏できるようにならないとね。

 さて、今回の雑談は…良い音を出すなんて、簡単な事なんだよって話です。

 先生曰く、音が悪くなるのは、無理やり楽器を鳴らすからなんだそうです。それぞれの楽器は、きちんと美しい音色で鳴るように作られているのだから、それをそのまま無理なく鳴らせば、美しい音が出るんだそうです。

 フルートで言えば、楽器を吹き込むのではなく、スープを冷ますような感じで、優しく息を楽器に入れるだけ良いのだそうです。それだけで、楽器は本来の音で鳴り響くように作られているのです。だから、それ以上の無理を楽器にさせちゃダメって事です。

 「楽器は勝手に鳴るように作られているのだから、楽器の邪魔をしちゃダメだよ」との事です。うむ、そうなんだろうね。

 そこで思ったのは、脱力の大切さ。特に声楽では、脱力が大切なんですね。脱力をする事で、ノドが本来の声で鳴り響く…んだろうと思います。だから、力を入れて歌っちゃダメなんです。

 フルートも同じ事で、力いっぱい息を楽器に入れてはいけないのです。必要最低限の量の息を、細く細くやさしく入れてあげると、管体が激しく振動して良い音で鳴るのです。

 そう言えば、先生に「良い音ですね」と言われる時って、たいていフルートの管体が勝手に振動してブルブルしている時ですね。これが「楽器が鳴る」っていう状態なんだろうと思います。

 最後はちょっと偉そうで、ごめん。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ フルートへ
にほんブログ村

コメント

  1. のんきなとうさん より:

    >「楽器は勝手に鳴るように作られているのだから、楽器の邪魔をしちゃダメだよ」・・・・・ そこで思ったのは、脱力の大切さ。特に声楽では、脱力が大切なんですね。脱力をする事で、ノドが本来の声で鳴り響く…んだろうと思います。

    自分は楽器をやっていませんが、声楽の先生に、

    「ノドは、息が通るだけの、ただの筒だと思って、何もしないで下さい」

    といわれます。  これがそういうことなんでしょうね。

    ちょっと脱線しますが、生物学的な発声の本が面白くていろいろ読みました。

    カエルの発声、鳥の発声、などいろいろで面白いですが、人間が他の動物と、のどの構造で決定的に違うのは、90度(くらい)に曲がっていることだそうです。
    なるほど、身近な動物の犬や猫を見ると、肺から気管支、のど、クチが一直線ですね。

    人類は、猿人から進化して直立歩行をする様になって、重い頭をまっすぐ支えられるようになり、脳が発達して重くなっても大丈夫になって、賢くなった、ということは学校で習うので皆さんご存知ではないかと思います。(え、知らない?そういうことにしてくださいw)

    ここで、もうひとつのすごいことが、「のどの直角曲がり」なのだそうです。
    これにより、それまでの動物とはかけはなれた大きさの「のどの空間」をもつことが出来る様になったとのこと。

    なので、人類学者の中で発声に興味を持つ人たちは、
    人類は 「言葉より先に、歌声でコミュニケーションを図っていたのではないか」
    という仮説を立てているのです。

    「言葉より前に歌ありき」

    皆さんののどは、本来「歌うため」に創られているのです。
    「言葉」という後から付け加えられたもののために、それを忘れてしまっているのです。

    てことは、原人たちは日常的にオペラ状態だったのか?(爆笑)

  2. すとん より:

    のんきなとうさん

    >てことは、原人たちは日常的にオペラ状態だったのか?(爆笑)

     まあ、マジレスすれば、人類と同様に、ノドが直角曲がりをしている類人猿たちを見れば、それは分かるわけです。歌うチンパンジーというのが、どれだけいるのかって事だと思います。歌にせよ、言葉にせよ、ノドの進化よりも、脳の進化の方の影響が大きいのだと思います。

     とは言え、いくら脳が進化しても、肝心のノドも進化していないと、歌うこともしゃべる事もできないわけですから、ノドの直角曲がりの進化は、やはり大きなファクターである事は間違いありません。

    >「ノドは、息が通るだけの、ただの筒だと思って、何もしないで下さい」

     たったこれだけの事なんですが、それが難しいんですね。

     確かに声帯で音声をの原音は作るわけですが、だからと言って『声帯で声を作る』と思ってしまうと、自由に歌えないわけです。そういう点では、声帯を意識させるような発声方法(ってか、発声の学習方法)は間違いと言うか、かなりリスキーなんだと思います。
     つまり『ノドを鳴らして歌う』のは、原理原則的に言えば、間違った発声方法なんだと思います。とは言え、邦楽などでは、ノドを鳴らして歌うわけですが…。やはり、音楽ジャンルが違うと、正解も変わるようですね。

タイトルとURLをコピーしました