いわゆる、東劇で行われている“アンコール”って奴です。
今年は、メトのライブビューイングのオフシーズンに、パリオペラ座のライブビューイングをやっていて、そっちに行ってましたので、メトのアンコールの方には、なかなか足が向かなかったのですが、ようやく行って参りました。…今年はこれが最初で最後です。
今年はヴェルディ&ワーグナーイヤーって事で、東劇のアンコールの方も、ヴェルディとワーグナーのものを中心に再上映を組んでました。そこで私は、2008年に上演したのワーグナー作曲『トリスタンとイゾルデ』を見てきたわけです。
指揮は元気ハツラツだった頃のジェイムズ・レヴァインです。演出はディーター・ドルン(誰ですか?) 出演は、イゾルデがソプラノのデボラ・ヴォイト。トリスタンがテノールのロバート・ディーン・スミス。上映時間も長くて、2回の休憩を含んで、5時間15分もかかりました。さすがはワーグナー作品、超弩級だね(笑)。
デボラ・ヴォイトは『リング』のブリュンヒルデで見たように、素晴らしいワーグナーソプラノだと思います。『トリスタンとイゾルデ』なんて、ほとんどイゾルデが出ずっぱりのオペラなのに、それをあれだけ見事な歌唱で歌いきるなんて…素晴らしいにもほどがあります。
幕間のインタビューで「ワーグナーを歌うのに必要なのはなんですか? 生まれつきの才能ですか?」なんて尋ねられていたけれど、あれだけの声は努力だけでは手にできないよね。才能のある人が、努力を重ねた結果、手にできるものなんだと思う。
ちなみに、ワーグナーを歌うのに必要なモノとして……しっかりした靴が必要だ…って答えてました(笑)。
テノールも素晴らしかったです。トリスタン役は“難しい”と評判の役だけれど、その難しい役を歌いきる見事さもさることながら、いちいちビンビン響く、その金属的なアクートにしびれました。もちろん、録音上演なのだから、どういう設定で録音したかで、声の魅力って手心が加わるわけだから、映画館で聞こえた声を鵜呑みにしてはいけないけれど、それを差し引いてもビンビンと素晴らしく良く響く声でした。うらやましい。
幕間のインタビューでメトのキャスティング担当のスタッフさんが言ってた「ワーグナーを歌える(テノール)歌手は、世界中に10人しかいないから、オーディションなんてしない(し、しても無駄だから、ヘッドハンティングをする)」と言ってたのを、ウンウンとうなづきながら聞いてました。あれだけの声を持っている人なんて、確かに世界に10人もいないだろうねえ。パワーと声の美しさが両立するなんて、まずないもの。
歌手は素晴らしかったけれど、『トリスタンとイゾルデ』というオペラ作品については…難しいね。何が難しいのかと言うと、どうやって楽しんだらいいのかが、難しい作品だと思いました。「つまらない」と切って捨てるのは、ちょっと違うとは思います。でも「楽しい作品」とは言えませんね。音楽もストーリーも芝居も実にゆったりしているわけです。「書き込みの量が半端なく多い」って感じかな? とにかく“濃い”んですよ。おそらく同じネタでヴェルディが作曲したら、2時間前後の作品になっちゃうと思います。それがワーグナーにかかると、5時間超え(笑)。
とにかく、オペラって楽しむには、ある程度、作品を解きほぐさないと楽しめないのだけれど、『トリスタンとイゾルデ』というオペラは、その解きほぐしが難しい難しい。とても一筋縄ではいかない感じです。そういう意味では、このオペラは、万人向けのオペラではないというか、玄人向けオペラって言えるんだろうと思います。
そうそう、2008年製作のライブビューイング映像って事も関係しているんでしょうが、良い意味で過渡期の中継って感じがしました。
このオペラの映像監督さんは音楽畑の人ではなく、ドキュメンタリー畑の人なんだそうですが、この人の映像づくりって、果たしてオペラ向けなの?って気がしました。と言うのも、実はこのオペラ、いわゆる“マルチスクリーン方式”って奴で映像が作られていました。想像つくかな?
テレビドラマ『24』って知ってますか? あれって、同じ時間に行われている別の事柄を表現するために、画面を分割して、同時に流したりするでしょ? あんな感じの事が行われていました。
つまり大きな映画館のスクリーンを、いくつにも分割して、舞台の全体像を映した画面と、それぞれの歌手のアップの画面を同時に見せてくれたわけで、確かに全体の動きも分かれば、歌手たち一人一人があれこれやっている事も分かって、便利と言えば便利だけれど、常に複数の視点が用意されているってのは、物語に入り込むには、エラい迷惑なんだよ。だって、常に画面を選択するんだよ、これじゃあ、物語に入り込めないし、なんか客観的な視点からついつい見ちゃうんだよね。
オペラをドキュメンタリーを見るような客観的な視点で見ちゃダメだと、私は思います。だって、オペラなんて、客観的に見たら「歌の上手いデブの演劇大会」でしかないもの。
客観的に見たら、美しいという設定のイゾルデがただのデブ女に、カッコイイ英雄のトリスタンがただの豚オヤジにしか見えなくなってしまうもの。いや、容姿を横に置いても、日常生活であんなに歌う人なんていないでしょ? あれは、オペラというファンタジーだから歌っていてOKなわけで、そこに客観性を持ち込まれたら、歌で芝居を進めるオペラなんて、大いに白けちゃうってもんです。
なので、今回のメトのライブビューイングは、とても白けちゃって、残念でした。
まあ、メト自身もそれは分かったんでしょうね、その後、このドキュメンタリー監督さんはメトに呼ばれず、マルチスクリーン方式でのライブビューイングは、少なくとも私が知っている範囲では行われなくなりました。
やはり、物語にグッと入り込むためには、客観性なんていらないし、視点も複数はいらないんだよ。私はそう思いました。
ああ、もうすぐ、秋だね。秋と言えば、オペラシーズンが始まるね。今年は、メトのライブビューイングの上演演目数が、例年よりも減ってしまったのが残念だけれど、それなりに面白い演目が並んでいるので、楽しみです。今年も忙しいけれど、暇を見つけては、いくつかは見に行きたいと思ってます。
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コメント
> 元気ハツラツだった頃のジェイムズ・レヴァイン
レヴァインって名前が懐かしくて、思わず反応してしまいました。レヴァインの演奏は直接聴いたことはないのですが、CDでは特にシカゴとのマーラーの交響曲第9番は繰り返し聴いていました。マーラーの9番のCDは何枚あるかわかりませんが、大好きな演奏です。その後はwikiでなんとなくわかりましたが、いろいろあったんですねえ。何も知りませんでした。
変な話で失礼しました。
tetsuさん
レヴァインは、一昨年~昨年ぐらい、調子が悪く、まともに指揮が振れなくて、代演が多かったです。今は回復して、慣らしの段階のようで、チョボチョボとやっているようです。とは言え、以前のようにブイブイ言わせる感じは…ないですね。そろそろ引退をするのかもしれません。
残念ですが、レヴァインも、もういい年したオジイチャンなので、それもアリだと思うし、そろそろ若い人に道を譲っても良いころなのかもしれませんね。