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声は買い替えられない(から悔しい)

 私もしばしば書きますが、声楽を始めとする歌関係の趣味が優れている点は、道具にお金がかからないことです。

 同じ音楽でも楽器を趣味とすれば、楽器購入に費用がかかります。音楽以外の趣味に目を向けても、大概の趣味にはあれこれ経費がかかるものです。歌関係の趣味に全くお金がかからないとは言いませんが、さほどかかるものではないのは事実です。せいぜい、楽譜代と練習場所代くらいでしょうか? それだって、人によっては無料だったりします。それくらい経費がかからない趣味なんですね。

 問題は、経費がかからないって点で、これは裏を返して言うと「経費がかけられない」ってことです。

 経費がかからないので、経済的な負担をかけずに始められるし、楽しめるわけだけれど、逆に言えば、金の力でどうこうできる部分が少ない…というわけです。つまり、元がダメでも、良い道具に買い替えて、道具の力で上達する…って事ができないというわけです。

 歌は自分の声で歌います。声は人によって違います。声には個性があります。

 たまたま美しい声を持っている人もいれば、どうにもならないほどの悪声の人もいます。こればかりは生まれついてのもので、努力でどうにかなるものではないし、他人と交換したり、買い替えたりできるものではありません。

 残念だけど、悪声の人は、悪声のまま歌うしかありません。そして、もっと残念なのは、悪声の人は歌が嫌いとは限らないという事です。声の美醜と歌の好き嫌いは全く無関係です。

 で、結論を書いちゃうと、歌が好きな人って、少なからず悪声の類だったりします。趣味で歌っている人で、美声の人なんて、数えるほどしかいなくて、ほとんどの人が悪声側の人なんですよ、悲しいことに…。

 私も、残念だけれど、こっち側の人…つまり悪声側の人なので、なんとも言い知れない気持ちを持っていたりします。

 歌はお金をかけずに始められる趣味だけれど、歌を始めてしばらしくすると、自分の声が大したモノじゃない事に気がつくわけです。これが器楽なら、楽器をより良いものに買い替えてグレードアップしちゃえるけれど、歌ならば、どうにもならないのです。歌は好きだけれど、死ぬまで、このダメな声しか自分は与えられていなわけで、ほんと、それはどうにもできないわけで、そんな悲しい現実の前に立ち尽くすしかないのです。、

 声を買い替えられたなあ…。ほんと、そう思いますよ。声は楽器…というけれど、買い替えられない楽器なんだよね。良い声ガチャに当たった人は恵まれているけれど、そうでない大半の私のような人にとっては、なんとも受け入れがたい現実だったりするんですね。

結論1 悲しいけれど、自分の声で歌っていくしかないのです、なんともはや…。

結論2 楽器の買い替えで演奏の底上げはできませんし、楽器道楽とか、楽器コレクションなどの派生的な楽しみがないのが、声楽です。

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