イギリスのロイヤル・オペラ(いわゆる“コヴェントガーデン”)のライブ・ビューイングを見てきました。演目はチャイコフスキー作曲の「スペードの女王」です。
「スペードの女王」…まあ、めったに上演されないオペラです。日本じゃまず生の公演は見られません。世界レベルでも、なかなか厳しいようです。なにしろ、ロシア語のオペラですから…ロシア語で歌える一定水準以上の歌手と合唱団を集めるのが大変なのです。おそらく、ロシア語圏以外では、本当に稀にしか上演されないオペラだと思います。
で、そんな珍品オペラである「スペードの女王」ですが、オペラとしては、かなり良いです。音楽は美しいし、アリアも聴きごたえあるし、重唱も素晴らしいです。もしもこのオペラがロシア語でなく、イタリア語…いやいや、ドイツ語かフランス語で作曲されていたら、もっと普通に上演されていた事でしょう。それぐらいに、素晴らしい作品だと思います。
じゃあ、このロイヤル・オペラのライブビューイングを見に行くべきかと言うと…少なくとも、この公演は、止めておいた方がいいと思います。お勧めしません。
何がダメなのかと言うと、演出がダメなのです。
この演出、日本人向けじゃないわ。というのも、この上演を楽しむには、以下の高いハードルをすべてクリアしている必要があります。
1)原作のプーシキンの小説を熟知している事。
2)チャイコフスキーの生涯について知っている事。
3)歌劇「スペードの女王」のオーソドックスな演出に飽きている事。
これら3点をクリアしている日本人って、なかなかいないでしょ? 私も1)と3)は満たしていません。なので、今回の上演は、楽しめなかったし、未だに「???」であるし、色々とモヤモヤしています。
これ、たぶん、ヨーロッパの上流階級で若い時からオペラをたっぷり見ているような人たち向けの演出だと思います。
なにしろ、この上演では、舞台の上には最初っから最後まで、チャイコフスキーがいるんですよ。もちろん、本来、このオペラにはチャイコフスキーなんて登場しません(当たり前。椿姫の舞台上にヴェルディがいたら可怪しいでしょ?)。でも、この上演では、演出家のアイデアにより、チャイコフスキーが出ずっぱりなんです。本来いないはずの人が舞台にいるので、それだけで、オペラのストーリー進行が分からなくなります。おまけに、このチャイコフスキーをやっている歌手が、時々エレツキー公爵という役になります。このエレツキー公爵というのは、ヒロインであるリーザの婚約者で、そのリーザを主人公であるゲルマンに取られちゃう人であり(つまり、ねとられ)、そのゲルマンを、ラストシーンの賭博場での賭博で負かせて死に追いやる人でもあります。同じ人が同じメイクのまま舞台上で、チャイコフスキーとエレツキー公爵に入れ替わるわけだから、ほんと、分かりづらいのです。
指揮 アントニオ・パッパーノ
演出 ステファン・フアハイムゲルマン:セルゲイ・ポリャコフ(テノール)
リーザ:エヴァ=マリア・ウェストプロック(ソプラノ)
チャイコフスキー/エレツキー公爵:ウラディミール・ストヤノフ
伯爵夫人/スペードの女王:フェリシティ・パーマー(ソプラノ)
おそらく、このオペラそのものが劇中劇であるという演出なんだろうと思います。
このオペラは、作曲家であるチャイコフスキーが「スペードの女王」というオペラを作曲しながら、そのストーリーや音楽を妄想し、その妄想の中に自分が入り込んでしまって、登場人物たちの感情の動きに、自分の人生のアレコレを重ねてしまい、苦悩し、最後には精神的に死んでしまうというお話なんだろうと思います。ああ、分かりずれー!
だいたい「スペードの女王」というオペラの中にも、モーツァルト風の劇中劇(たぶん、本来はバレエシーンだけど、ちゃんとバレエをやらないのです)があるわけだし、入れ子が三重になっているようなオペラなんです。なんかなー。
という訳で、演出にはアレコレ言いたい事はありますが、歌手の皆さんは、なかなか素晴らしいです。私は、セルゲイ・ポリャコフというテノールが気に入りました。ほんと、素晴らしいテノールです。彼、実は代役なんですよね。本当はアレクサンドルス・アントネンコというテノールがゲルマンを演じるはずだったのですが、風邪をひいてお休みで、急遽入れ替わったそうです。代役にしては、本当に良い歌唱&演技でした。
しかし、こんなに馴染みのないオペラを、こんな分かりづらい演出で見なければならなかったのは、実に不幸だったと思います。
このオペラ、メトでやらないかな? メトだったら、日本人にも分かりやすい演出で上演してくれると思うんだよ。音楽が美しいだけに、分かりやすい演出で見たいものです。ああ、残念でした。
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