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学習と修行は違う

 知識の伝達は、学校が良い例ですが、一人の教師が大勢の人間に一度に教えることができます。いわゆる“学習”です。もちろん、きちんと身につけるためには、学習の場面だけでなく、それ以外にも予習復習が欠かせないのはもちろんですが、知識は教えることができるのです。

 一方、技能は一度に大勢の人間に対して教えることはできません。必ず、一人の教師が一人の生徒に対して、その生徒に応じて個人的に教えないと、教えることはできないし、生徒の側も、教師から手取り足取り、個人的な指導を受けるのでなければ、身につけることはできません。これは学習というよりも、むしろ“修行”と呼ぶべき状態です。

 先生から学ぶとしても、学ぶ対象が知識か技能かで、このようにその方法が違ってしまいますし、それぞれを学習と呼んだり、修行と呼んだりするわけです。

 歌のテクニックは、知識ではなく技能です。歌を上達するには、知識を増やしても意味はなく、多くの技能を身につけることが肝心です。

 だから歌は、集団に対して一律の指導をしても、全く上達はしません。なぜなら歌は知識ではないからです。

 歌は技能です。だから、集団の技量を上げたいなら、集団に対して教えるのではなく、その集団に属する個人に対して、個別に指導していくことが必要となります。

 だから、市民合唱団での発声練習レベルの指導では、歌に関する技能は身につきませんし、その程度では、その合唱団の歌は上達しません。そもそも合唱団というものは、個人の集合体なのだから、そこに属する個々人が上達しないと、合唱団全体の上達は見込めないのです。

 つまり、歌を上達するためには、修行というべき指導が必要となります。

 だからと言って、合唱団で個人レベルでの指導は容易ではありません。

 合唱団の練習時間には限りがあります。その限りある時間の大半は、合唱団としてのアンサンブルの練習に費やされるわけです。団員の個人の練習に時間は割けません。そんな時間はないし、そんな手間のかかることはやってられません。

 そもそも合唱団員それぞれが、歌の上達を望んでいるとは限りません。

 もちろん、合唱をしているのだから、歌もうまくなりたいと願っている人もいるでしょうが、そもそも合唱団に参加する目的が、歌を上達することや、団への貢献…ではない人だっているでしょう。

 そもそも「友達に誘われたから参加している」なんてタイプの人は、合唱団での活動は、その友人との楽しいひとときを過ごすことであるし、合唱団に参加しなかった時のデメリットを考えて、参加しているだけの人もいるわけで、そういう人に、個人的な指導は無理難題ですし、求めていないでしょう。

 みんなが同じ目的に向かって活動できる団体ならともかく、市民合唱団なんて、団員それぞれにそれぞれの思惑があって集まっているわけだから、そんな人たちに、強制的な指導なんて、できるはずがないのです。

 この辺りに、市民合唱団…と言うよりも、大人の趣味の団体の限界がありそうです。

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