さて、今回からは、いわゆる“イタオペ”の登場となります(喜)。私個人的には、このあたりのアリアが大好きなのですが、そういうオペラって、なかなかアマチュアの発表会では耳にしづらいのですよね。皆さん、よっぽどモーツァルトが好きみたいなので…。
まあ、前回取り上げたロッシーニもイタリア・オペラなのですが、いわゆるベルカントオペラと呼ばれる時代のもので、いわば“ビフォー・ヴェルディ(ヴェルディ以前の作曲家の作品)”なんですが、今回からは“アフター・ヴェルディ(ヴェルディ以降の作曲家の作品)”で行きますよん。
とは言え、分水嶺となるヴェルディの作品って、思ったほどはアマチュアの発表会では歌われません。たまに聞くのが、『椿姫』の第一幕の大アリアである「そはかの人か~花から花へ」ですが、これだって、本当にたまにしか聞きませんし、聞いても、歌っている人がゲスト歌手や先生だったりする事も多いので、今回は取り上げない事にすると…後は、ほら、無いでしょ? ヴェルディのアリアって、皆さんレッスンでは歌っているみたいですが、発表会ではなかなか歌ってくれないのですよ。
そこで、ヴェルディを飛ばして、いきなりプッチーニに参ります。プッチーニのアリアと言えば…まずは『ラ・ボエーム』の「私が街を歩くと/Quando me’n vo」ですね。通常は「ムゼッタのワルツ」と呼ばれるアリアです。
実はこのアリア、いわゆるアリアアリアした曲ではありません。ムゼッタがこの曲を歌っている時、実は他の歌手たちも全く違うメロディをあれこれ挟み込んできます。いわば、雑踏の中で歌われるアリア…と言いましょうか(劇中では)誰も真剣に聞いていない独白…と言いましょうか、とにかく「ああ、20世紀の音楽なんだな」って感じがします。
アリア集に乗っている、このアリアの楽譜だけで勉強している方がいたら、実はオリジナルはこんな感じの曲であったわけで、ちょっとビックリしたかもしれませんね。良いメロディーなのですが、劇中では、案外、扱いの軽いアリアなんですよ…と言うのも、このアリアを歌っているムゼッタは、主役ではなく、脇役なのですよ。つまり、このアリアは、典型的な脇役アリアなのです。このオペラでは、いわゆるディーヴァ(主役ソプラノ)は、ムゼッタではなくミミを歌います。で、ミミのアリアは…発表会じゃあ、なかなか聞けません。
さて、ムゼッタのワルツって、どんな曲なのかと言うと…オリジナルではこんな感じになります。
この音源は、割りと有名なもので、カラヤン指揮スカラ座オーケストラで、ムゼッタを歌っているのは、アドリアーナ・マルチーノです。まあ、むしろ“フレーニとライモンディがカラヤンの指揮で歌っているボエーム”と言った方が通りが良い音源です。
今回の歌詞と訳詞はこちらのものを、通常歌われる箇所まで転載いたします。まあ、オネラではもっともっと続くのですが…。転載、感謝です。
MUSETTA/ムゼッタ
Quando men vo soletta per la via,
私が一人で街を行く時、la gente sosta e mira
人々は立ち止まって見つめるのe la bellezza mia tutta ricerca in me
そしてみんな、私の美しさを私の中に探すのda capo a pie’…
頭のてっぺんから足の先までね・・・。MARCELLO/マルチェッロ
Legatemi alla seggiola!
オレを椅子に縛り付けてくれ!ALCINDORO/アルチンドーロ
Quella gente che dirà?
人がなんと言うか?MUSETTA/ムゼッタ
… ed assaporo allor la bramosia
そして、ゆっくり味わうのsottil, che da gli occhi traspira
すると、鋭い熱望が目に表れるのよ。e dai palesi vezzi intender sa
そしてあからさまなその仕種で分かるのalle occulte beltà.
隠された美しさが。Così l’effluvio del desìo tutta m’aggira,
こうして欲望の香気は私をかき乱すの、felice mi fa!
私を幸せにしてくれるのよ!ALCINDORO/アルチンドーロ
Quel canto scurrile mi muove la bile!
あの卑猥な歌はワシを頭に来させる!MUSETTA/ムゼッタ
E tu che sai, che memori e ti struggi
で、あなたは分かってるんでしょ、思い出しては苦しんでいるのねda me tanto rifuggi?
私の元へ逃げてきたいんでしょ?So ben: le angoscie tue non le vuoi dir,
私、よく分かってんのよ、あなたが言いたくない不安をma ti senti morir!
あなたが死にそうだってこともね!
このアリア、脇役ソプラノ用のアリアとは言え、情熱的でコケティッシュで、実に良い曲だと思います。元々、デビューしたての若いソプラノが歌うことが想定されているアリアなので、素人歌手でもなんとか手を出せる曲に仕上がっているのだと思います。
しかし、こういう脇役ソプラノ用の名曲を聞く度に、ソプラノって羨ましいです。だってね、テノールには基本的に脇役テノールっていないし、たまにいても、アリアを歌う事ないもの。テノールは常に主役のアリアしかないんです。でも、今回のムゼッタがそうだけれど、フィガロで言えばケルビーノだって脇役ソプラノの曲だし、ほんと、ソプラノは脇役にも恵まれているなあ…と思うわけです。やはり、脇役の美しいアリアを歌ってから、主役の難しいアリアに挑戦できるソプラノが、本当にうらやましいです。
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コメント
こんにちは。
「ラ・ボエーム」、大好きです。何故か私が一番多く観に行っている作品だと思います(一番好きというわけではないんです)。
このムゼッタのアリアも好きな曲です。浮気で拘束されるのは嫌だけれどやはり実は大好きなマルチェッロの気を引こうと歌うムゼッタは何とも可愛らしいですね。でも、アルチンドーロがちょっとだけお気の毒(笑)。
言われてみれば、「脇役テノール」ってありませんね。
恋敵がソプラノVSソプラノで編成されてどちらも優れた曲を歌えても、男性の場合テノールVSテノールではなくテノールVSバリトンになってしまうのですね。
Midyさん
そうなんですよ、脇役テノールって、ほとんどないのです。
しかし、まったくないわけではありません。有名ドコロでは、『フィガロの結婚』のドン・バジリオや『道化師』のペッペ、『蝶々夫人』のゴローなどがありますが…知らないでしょ? 一応、ドン・バジリオやペッペにはアリアがありますし、ゴローもアリアこそありませんが、ピンカートンと、オペラでは実に珍しい、テノール同士の二重唱などがありますが…いずれも通好みの曲なんですね。まあ、発表会はもちろん、普通のコンサートでも聞けません。どうしても聞きたいなら、オペラの中でしか聞けません。そういうタイプの曲しかないのです。
だから、テノールって、常に主役で、常にヒーローなんです。だから、アリアも難曲揃いで、難しい曲しかないのです。そこがテノールを学ぶ点での辛い部分なんですよ。
脇役テノールはかなり数が少ないのですね。
おっしゃられてみてようやくどれも思い出しました。
でも、「脇役のテノールで誰が記憶にあるか
?」、と単に聞かれたら、全く頭に浮かびません。ふと思い出したのですが、ロッシーニの「湖上の美人」では脇役テノールが活躍しますよね。でも、マルコムはメゾソプラノですが。
メゾソプラノといえば、モーツアルトの「イドメネオ」のイドマンテも確か最初はテナーだったのが現在のメゾソプラノに変わってしまったのですよね。もともと少ないのに、、、
すとんさん
テノールの脇役では「ばらの騎士」の「テノール歌手」という役があります。といっても、パヴァロッティとか出ていますけど。2分くらい歌うだけです。
>脇役のテノールで誰が記憶にあるか
逆に脇役のソプラノの方が少ないと思います。プッチーニのソプラノの脇役はムゼッタですけど、他にいます?
テノールの場合は、トスカのスポレッタ、マノン・レスコーのエドモント、ヴェルディだったらアイーダの使者、トロヴァトーレのルイスとか・・・まぁ、アリアはないし影は薄すぎるかもしれません。大体、市民オペラだとアマチュアの方がこういう役をもらえるので、羨ましいです。
アリアなしの数小節程度の役って、テノールにはあるけどソプラノには少ないですね。
Midyさん
脇役テノールはゼロではありませんが、アリアがあるほどの役は、あまりありません。
>ロッシーニの「湖上の美人」では脇役テノールが活躍しますよね。
あれは、オペラ上演に必要なソリストが半端ない事で有名な作品ですから、脇役テノール(この作品ではロドリーゴかな?)も活躍するわけです。ただ、ロッシーニは脇役とは言え…素人が歌うには、難しいですね(汗)
イダマンテは…本来カストラートが歌う役ですから、現在のメゾで歌われるバージョンで良いと思います。確かにテノール版の楽譜もあるようですが…あれはおそらく、当時の劇場事情のためにの臨時処置だったのではないかと思います。モーツァルトの脇役テノールなら『後宮からの誘拐』のべドリッロが美味しいかな…って思います。アリアもあるし。
ドロシーさん
>逆に脇役のソプラノの方が少ないと思います。
パッと思いつくだけですが、モーツァルトの『フィガロの結婚』スザンナ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィラ、『魔笛』夜の女王。ヴェルディだと『ファルスタッフ』ナンネッタ、プッチーニならば『トゥーランドット』リュー、あとビゼーの『カルメン』ミカエラが思い浮かびます。みな、脇役とはいえ、アリアもある大きな役ですけれど。
>アリアなしの数小節程度の役って、テノールにはあるけどソプラノには少ないですね。
確かに、ソプラノには、そういう小さな役って、あまり無いかもね。パッと思いつくならば、ロッシーニの『セヴィリアの理髪師』のベルタかな? 女性の場合、小さな役って、たいていメゾソプラノが歌いますからね。ただ、そんなメゾの役も、案外ソプラノが歌っているケースも多いですから、低音が得意なソプラノなら、そういう役もあるわけです。そこは、いくら低音が得意でもバリトン役の歌えないテノールとは違います。
モーツァルトの『フィガロの結婚』スザンナ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィラ、『魔笛』夜の女王。ヴェルディだと『ファルスタッフ』ナンネッタ、プッチーニならば『トゥーランドット』リュー、あとビゼーの『カルメン』ミカエラが思い浮かびます
確かに、主役ではないけど、重要な役だと思います。「脇役」という感じではありません。
どちらかといえば、モーツァルトって、タイトルロールだけが重要な役、ということではなくて、「群像劇」という方が近いと思います。
例えば「フィガロの結婚」のCDやDVDのパッケージとかポスターを見ても、フィガロしか載っていないもの、ケルビーノしか載っていないもの、伯爵夫妻だけが載っているものなど、色々です。
「魔笛」もそうですね。
市民オペラやカレッジオペラでモーツァルトが上演される機会が多いのも、なるべくソリストの役を多く割り当てられるというのもありそうな気がします。
ドロシーさん
たぶん、ドロシーさんは、脇役と端役をゴッチャにしているんじゃないかな…?
脇役というのは、主役に負けず劣らず重要な役で、だからオペラなんかだとアリアがあったり、二重唱の相手になったりするわけです。市民オペラなんかで、素人に割り振られるような、ほんの数小節だけソロがあって、アリアもなければ二重唱もない役は…端役でしょ?
端役はアリアがないので、素人さんの発表会では、とりあげられる事はありません。
> たぶん、ドロシーさんは、脇役と端役をゴッチャにしているんじゃないかな…?
・・・かもしれません。
ソプラノには端役がないから、それはそれで別の声種の人が羨ましいです。
>端役はアリアがないので、素人さんの発表会では、とりあげられる事はありません。
そうですねぇ、まぁ、講師演奏でちょっと絡ませてくれるなんて、良いと思うんですけどねぇ。
ドロシーさん
>ソプラノには端役がないから、それはそれで別の声種の人が羨ましいです。
いやあ、無い事は無いと思いますよ。例えば『椿姫』ならアンニーナとか…ね。もっとも、確かに数は少ないと思います。と言うのも、演劇等では、女性はおしゃべりという属性がありますから、寡黙な役って、大抵男性なんですよね。だから、端役とか黙役って男性が多いような気がします。女性で寡黙な役って…ほんと少ないです。端役の条件には“寡黙”ってのがありますからね。
まあ、ソプラノには端役が少なくとも、合唱にはソプラノが必要なのだから、役をもらえなかったら…合唱で頑張るって感じになるのかな…なんて思ったりします。