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なぜ時代劇が廃れてしまったのか考えてみた

 前回、新作の水戸黄門を熱心に見ている事を告白した私です。

 それにしても不思議に思うのは、私が子どもの頃は、毎週のようにテレビでやっていた時代劇が、現在では、地上波ではほとんど見られなくなってしまった事です。似たようなモノとしては、NHKの大河ドラマがあるけれど、あれは時代劇と言うよりも歴史劇だからね。似てはいるけれど、ちょっと違う。大河ドラマは時代劇じゃあ、ありません。

 時代劇は、別名“まげもの”と呼ばれているけれど、基本的に“ちょんまげ”を付けた人々が活躍する芝居です。時代背景は…おおよそ江戸時代っぽいけれど、必ずしも江戸時代とは限りません。基本的に、時代考証なんてありません。そこんとこは自由みたいです。とりあえず登場人物たちが“ちょんまげ”していれば、後は何をしても良いのが時代劇です。

 そういう意味では、時代劇は一種のコスチュームプレイであり、ファンタジーなのです。ちょんまげさえしていれば、歴史ものをやろうが、現代的なテーマでやろうが、いっそSFをやったっていいんです。“歴史に忠実”をモットーとする歴史劇とは、そこが違います。

 その何でもありの自由さが、今の時代に合わないのかもね。今の人たちは、学歴も上がり、知的な人が増えてきたので、ある意味、ハチャメチャな時代劇ではなく、シリアス風味の歴史劇を好むようになったのかもしれません。

 また、時代劇と言えば、勧善懲悪です。勧善懲悪は分かりやすくていいのですが、これも今の人たちには受けないのかもしれません。今の時代は、正義が見えづらい世の中です。正義が正しいばかりでもなく、悪者にも悪者なりの事情があったりするわけで、とにかく複雑なのが現代社会です。勧善懲悪で割り切れるほど、現代社会は、単純な世の中ではないのです。

 あと、時代劇と言えば、派手な立ち回りが付き物です。いわゆる“殺陣”ですね。正義のヒーローが悪人たちをバッタバッタと斬り殺していくのですが…ヒーローが堂々と人殺しをしちゃ…ダメだよね。それに残酷だし…。そういう部分も今の人には受け入れられずらいかもねえ…。

 さらに言えば、時代劇と言えば、武士たちの主従の関係が描かれたり、町人とお武家様の対立が描かれたり、お家の存続が問題になったりしますが、そういう家父長的な感覚って、今っぽくないよね。今は個人主義の時代だけれど、時代劇と個人主義は…相性悪いよね。

 そう考えると、確かに時代劇って、色々と今の時代とは合わないねえ。

 で、今の時代と合わないと言えば、似たようなものに特撮モノがあります。特撮モノは、基本的にSFだから、あれこれ現実世界とは違った価値観で物語が進行していきます。しかし、時代劇が廃れてしまったにも関わらず、特撮モノは…仮面ライダーにせよウルトラマンにせよ、今でも元気に毎週毎週新作が作り続けられています。それはなぜでしょう。

 と言う訳で、時代劇と特撮モノを比べてみました。

 まず、似たような点です。

 時代劇も特撮モノも、まず物語の本質がファンタジーであり、現実離れをした物語が展開されます。現実離れをしている分、例えば、衣装代(特撮ならばきぐるみ代)がかかりますし、小道具も特注品となり費用がかさみます。スタジオ撮影ならば、いちいちセットを組まないといけないので、やはり制作費がかかります。その代わり、ある一定のお約束を守れば、後は何をやっても自由です。“ある一定のお約束”ってのは、水戸黄門なら印籠を見せるとか、当山の金さんなら背中の桜吹雪を見せるとか、ウルトラマンや仮面ライダーなら変身して戦うとか…ですね。そこさえ押さえておけば、後は何をやってもOKなのが、ファンタジーである時代劇や特撮モノの特徴です。

 一方、時代劇と特撮モノでは違いがあります。その違いが、特撮は元気だけれど、時代劇が廃れてしまった原因になると思います。

 まず、時代劇と特撮モノでは、メインターゲットとなる視聴者が異なります。時代劇の対象は…普通にオトナです。それも年寄りが多いかな? ですから、一度ファンになると、ずっと見続けます。いわば固定ファンが付くわけです。

 一方、特撮モノのメインターゲットは子どもたちです。大きなお友だちも特撮モノを見ないわけではありませんが、それでもやはりメインターゲットは子どもたちです。それもだいたい幼稚園ぐらいから…せいぜい小学校低学年ぐらいまでです。つまり、視聴者の年齢の幅は、せいぜい5年ぐらいでしょうか? いわば5年経つと視聴者がまるまる入れ替わるってわけです。

 ですから、極端な話、特撮モノは同じ話を5年ごとに繰り返しても、全然平気なのです。視聴者は常に入れ替わっているので、同じ話であって、その時見ている受け手にとっては新鮮なわけで、いわば過去の物語の焼き直しの繰り返しでも全くOKなのです。常に古くて新鮮な物語が提供できるのが特撮モノなのです。

 一方、時代劇は…ずっと同じ人が見てますので、同じ話を繰り返すわけにはいきません。しかし、物語の消費度が激しく、毎度毎度新規な物語を提供していくのは、当然無理なので、やがて物語が定型化していき(そうしないと物語の量産化は難しいのです)、それが物語のワンパターン化を生み出し、結果として、同じようで、でも少しずつ違った物語を作り続けていきます。類型化された物語の大量生産、つまりマンネリが発生します。

 お年寄りには物語がマンネリでもいいのです。いやむしろ、マンネリの方が安心してみられるので、むしろ歓迎ですが、若い人間は変化を求めます。いつもいつもマンネリした物語をみせつけられていては、せっかく若い人間が時代劇に興味を持ったとしても、長続きせず、やがて離れてしまい、ますます時代劇ファンの固定化が進んでしまうわけです。

 で、その固定ファンが未来永劫に存在しつづけるなら、それはそれで良いのでしょうが、人間は年齢を重ねると、やがて死んでしまいます。かつてはたくさんいた時代劇の固定ファンも少しずつその数を減らし、今ではだいぶ少なくなってしまいました。これが時代劇の衰退の一つの原因でしょう。

 また、制作側の都合もあります。

 スタジオ撮影は、時代劇であれ、特撮モノであれ、手間暇お金がかかります。そこで、可能であれば、なるべくロケで撮影したいのが制作者側の本音でしょう。スタジオ撮影と較べると、ロケの撮影の方が、あれこれ安価で済むからです。

 実際、特撮モノはロケでの撮影が多いですよ。屋外のシーンだけでなく、屋内のシーンですら、外部の建物を借りて撮影して、制作費を浮かせて、その分の費用を特撮部分の撮影にぶち込むわけです。

 時代劇の場合は…ロケでの撮影が年々難しくなっているんだそうです。と言うのも、時代劇のロケの場合、少しでも現代的な要素がある場所では撮影が不可能だからです。

 ビル街での撮影が不可なのは当然として、普通の田舎道でも、電信柱があればアウトだし、道路が舗装されていてもダメです。自販機なんて論外だし、田んぼはOKでも畑は…栽培している作物(例えばトマトなどの西洋野菜の畑はダメだし、ビニールハウスは論外)によってはアウトです。そういうふうに条件を絞って撮影可能な場所を探していくと…時代劇に適した場所はなかなか無いので、ロケのバリエーションが広がらず、風景が一本調子になりやすいし、結局はスタジオ撮影や太秦などの時代劇専用撮影所での撮影ばかりになってしまうわけです。で、制作費が高額になり、なかなか制作されにくくなり、放送もしずらくなってきた…ってわけです。

 制作費の問題をあげれば、スポンサーの問題にも関わってきます。

 特撮モノは、子供向けの商品を扱っている会社(おもちゃとか食品とか衣料品とか)がスポンサーになりやすいです。でも時代劇だと、今時の会社はスポンサーになりづらいです。

 例えば、自動車メーカーとかパソコン会社、家電メーカーに携帯会社、ゲーム会社にアパレル会社等々は、時代劇のスポンサーにはまずなりません。だって、スポンサーをやるメリットがないもの。自社の製品と時代劇とは、どうやっても結びつかないでしょ? 時代劇のスポンサーができる会社と言えば、製薬会社と保険会社ぐらいかな? 高齢者向けの商品を扱っている会社ぐらいです。

 演じる役者側の都合もあるでしょう。

 特撮モノはSFものですが、芝居の基本ベースは現代劇です。セリフ回しはもちろん、衣装も所作も現代劇と同じですから、それほど演技のキャリアがないような新人でも、なんとか演じる事ができますし、実際、特撮モノは新人俳優たちの登竜門的な役割もあります。

 一方、時代劇は、時代劇特有のお約束事に満ちあふれています。セリフも時代劇特有の言葉が多いですし、セリフ回しも現代劇とは異なります。衣装も違うし、所作も違うし、そもそもちょんまげを付けなきゃいけませんが、ちょんまげをしてしまうと顔が変わってしまうので、それを嫌う役者も多いようです。実際、大河ドラマなんか、歴史モノなのに、登場人物たちがみんな総髪(ちょんまげではなく、今風の髪型)だったりします。空想上の人物が総髪でも、それはありかもしれませんが、歴史上の人物の場合、その人がちょんまげの人なら、やっぱりちょんまげにしないとダメなんじゃないかな? 例えば、織田信長の総髪なんて、ありえないでしょ!

 セリフや台本の問題は、演じる役者だけの問題ではありません。そもそも脚本家や監督などのスタッフですから、ちゃんと分かっているのか不安になるようなケースも、最近の歴史モノでは多々見かけます。歴史モノですらちゃんとできないのに、時代劇で時代劇っぽい時代言葉を使って芝居を制作するって…そりゃあ難しいよね。それに、見ている視聴者たちも時代劇を見慣れなくなったので、若い世代を中心に時代劇の言葉が分からなくなってきているし、そこをいい加減にしてしまうと、今度は固定ファンであるお年寄りたちが文句を言い出すし…。だって、そこらへんをいい加減にしてしまうと、時代劇特有の雰囲気が時代劇から失われ、それが時代劇の輝きを曇らせるようになってしまうわけです。つまりは、時代劇が持っていた、あの特有な“非現実感”が薄れてくるわけで…そこがダメになったら、そりゃあ時代劇も面白くなくなってしまうよね。

 結局、色々と細かい理由はあるけれど、時代劇の衰退は、ある意味、時代の流れに流されただけであり、昔ながらの時代劇なら消えていくしかないわけです。

 時代劇はテレビ番組の1ジャンルにしか過ぎないわけで、その役目を終えて消えて無くなるなら、それはそれで仕方ないし、時代劇は日本文化の一つであるというのならば、今の時代に即したモノに変革していかないと、今の視聴者たちには受け入れられないよね。制作者たちも、そこは分かっているんだと思う。だから、BSなどで時代劇のリブートをしているんだと思う。そうやって、試行錯誤をしながら、今の時代の時代劇を模索しているんだと思います。

 だって、新作の水戸黄門は、昔ながらのテイストを保ちながらも、新しい部分もあって、面白いよ。

蛇足 スターウォーズって、時代劇をリスペクトして作られた作品だったって知ってましたか? ジェダイってのは、時代劇の“時代”が鈍った言葉です。ライトセーバーは日本刀のオマージュだし、ダースベーダーやストームトルーパーのデザインは日本の鎧がモチーフだし…ね。初期シリーズの重要キャラクターのオビ=ワン・ケノービの“オビ”は黒帯の“おび”なんだそうだし、そもそもあのキャラクターは三船敏郎がやる予定だったとかなんとか…。

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コメント

  1. れゆす より:

    特撮ヒーローの人気を支えているのは、実は主婦層にあるという話があります。

    仮面ライダーは昭和の時代に一旦終了していて平成に入ってから復活していますが、この平成ライダーと呼ばれる仮面ライダーのシリーズのストーリーは正直子供には難しい内容です。

    子供は昔と変わらず正義の味方が悪の組織の怪人をバッタバッタと倒すのを楽しんでいるだけなのですね。

    重要なのは若手のイケメン俳優の大量投入(敵味方関係無く)と主婦層を虜にする主人公や敵役の心の葛藤を描くストーリー。

    子供よりも主婦の心を掴むことが視聴率アップに繋がるわけです。

    加えて、昭和ライダー世代の大人(男)も懐かしみながら楽しめるのですから人気が出たのでしょうね。

    時代劇では、なかなか主婦の心を掴めないのが時代劇が廃れた真の原因かも?

  2. すとん より:

    れゆすさん

     確かに若手イケメン俳優の大量投入は、特撮の魅力の一つです。時代劇だって、若手イケメン俳優は投入しているんだけれど(例えば、今やっている水戸黄門の助さん格さんはカッコイイよ)、どんなにカッコイイ俳優さんを入れても、ちょんまげにしちゃうと、それだけで拒否反応が出ちゃう人…いるもんねえ。

     ちなみに平成仮面ライダーは、オーズまでは大きなお友だちをターゲットにしていたフシがありますが、フォーゼあたりから対象年齢を下げた…と思います。で、ウィザードで、また対象年齢を戻したと思いきや、次のガイムで思いっきり下げちゃったと思います。…なにしろ、みかんライダーだもん(笑)。そこから続く、ドライブ、エグゼイドと確実に対象年齢を下げ、いまやビルドになったようです。平成ライダーも19作目です、よく続いたものだと思います。初代のクーガを見ていた子が、下手するとお父さんになっていたりするわけですよ。いやあ、私も年を取るはずだ…。

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