声楽のレッスンの続きです。
息を吐くスピードを自在にコントロールしながらも、声量は常に控えめにして歌う…これが目指す方向なのだけれど、声量を控えめにしてしまうと、歌が観客に聞こえなくなってしまうのでは? という単純な疑問が生じます。
それは声を鳴りでしか考えなければ、そうなります。しかし声には響きという側面があります。息を吐く量を少なくして、鳴りを抑えた時こそ、響きを増やしていかないといけません。
響きとは、声の高次倍音を指します。響き豊かな声とは、倍音成分が豊かな声を指し、それは俗に言う“美声”というものになります。
声は美しければ、音量が少なめでも、観客の耳にしっかりと届く…という、至極当然な結論にたどり着きます。だから歌手は、美声である事を目指さなければいけません。大声で迫力満点な声を目指すのではなく、美声で客の心を鷲掴みにする事を目指すべきなのです。
だいたい、大きな声なんてものは、マイクを使えばいくらでも大きな声にできるんだから、大きな声で歌えるなんて、なんの自慢にもならないのですよ。
つまり、大きいだけの声は、歌う人間の独りよがりの醜い声であって、聴く側の人間(観客)にとっては、美しい声で優しく歌われるほうが、絶対に心地よいのです。だから、声楽を学ぶ者は、大声ではなく、美声を目指さないといけないのです。
ああ、ハードル高いなあ。私、大声なら自信あるんだけれど、美声…となると、全く自信が無いのよ(涙)。それはともかく、響きを上げた声で歌っていかないといけませんね。
響きを上げた声というのは、簡単に言うと、独唱者の声であり、オノマトペで表現するなら、キラキラした声、つややかな声、テカテカした原色の声って事になります。ううむ、最近の私の声は、たぶん、ギラギラはしているけれど、キラキラはしていないなあ…どうしても濁点が付いているような気がします。まだまだ理想には、程遠い感じです。
なぜ独唱者に大声は不要なのかと言うと、それは消耗するからです。体力も消耗するし、声も消耗します。それらが消耗すると、オペラは歌えません。オペラ歌手(つまり独唱者)って、オペラ一幕を歌いっぱなしって事は、多々あります。オペラ一幕って、普通、1~1時間半あります。それだけの時間を歌い切れるだけのモノが独唱者には求められるわけだから、普段から消耗を避けるのは、当然と言えば当然なわけです。
アリアを1曲歌って、ヘトヘトになってしまう私は、消耗しすぎているわけで、だからこそ、大声で歌うことは、絶対に避けなければいけないのです。
蛇足 独唱者ですら、大声歌唱は避けるべきものだけれど、合唱の中で歌うなら、大声は絶対悪ですね。だって、声が目立ってしまうもの。合唱で歌うなら、一人ひとりの声は全体に溶けて消えて無くなり、パートとして一つの声にならなきゃいけないんだから、合唱なのに大声で歌っているようなヤツは、豆腐の角にアタマでもぶつけて消えてしまえばいいんだと思います。>昔の私
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